11月4日にAsterのMADを投稿しましたので、
その編集後記をつらつら書いていこうと思います。
「Aster」を知っている方がどれくらいいるのかなぁと思いつつ作りましたが、
名作ということもあって、反応があり良かったです。
ヒロインが死んでしまう作品
この「Aster」という作品、エロゲでも珍しく、ヒロインが死ぬという
ショッキングな展開を含んでいます。
昔、FF7をプレイ中にエアリスがセフィロスに殺されたとき衝撃を受けましたが、
アニメはともかく、ゲームで主要キャラが死ぬということはなかなか、
特にエロゲではあまりないことだと思います。
そこで今回は「死」をテーマにMADを作ってみようと思いました。
使った曲は中村一義さんの「歓喜のうた」
この曲がまた特殊で、「死」という事実に対して、悼むのではなく
「ありがとう」と感謝する歌となっています。
「死」が残された人間に与えるものは一体
「君にとって私はどういう存在でしたか?僕にとって、あなたはどういう存在だったんだろう?」
という詞で始まる、この曲ですが、身近な人の「死」に直面したときに
最初に考えることは故人が自分にとってどういう存在だったのか自問するところ
始まるのかなぁと思いました。
0:44-0:46
沙耶に少しづつクローズしていくシーンです。
背景は現実世界にはない場所を想像して写真素材をいくつか合成して作成しています。
photoshopのベクトルマスクを使い、グランジ系のテクスチャーに窓や複雑な木の装飾
を合成しています。沙耶に視点を合わせるために被写界深度を絞っています。
0:53-0:57
主人公にとって沙耶の「死」は否定するべきもの。否定したいもの。
なので遺影の沙耶の写真に赤く×が書いてあります。
血で汚れ、顔が一切見えないようなシーンです。
11月4日の交通事故
0:58-1:13
11月4日の交通事故を表してる演出です。
黒字で明朝体の演出は以前から使っているものですが、
エヴァンゲリオンのリスペクトです。
「飛び出してきた少女」「救急車」「雨」「病院」のシーンを作り
ノイズを加えて事故の日を表現しています。
主人公にとって、沙耶の「死」が間違いであってほしい、
認めたくないものとして割り切れない様子も出しています。
「現実的な死」と赤信号
1:17-1:26
沙耶の「死」がその後、現実のものとなります。
「火葬場で焼かれ」「机に百合の花が飾られ」
それでも宏は「死」を覆い隠そう、認めようとしない、
認めることが出来ない。
でも、時間は過ぎる。
前に歩き出さなきゃいけない。そんな感じの演出です。
本編では、その後、双子の妹の沙希と恋仲となるのですが、
その時も宏は沙耶を引きずり続けます。
沙希は沙希で沙耶のことを想い宏と付き合うことができないと言います。
「緑色の信号を見る人、それは楽観主義者、赤の信号を見る人は悲観主義者、本当に賢い人は色盲です。」アルベルト・シュバイツアー
主人公や沙希には沙耶が言った最後の言葉に対して、認めきれずに
沙耶の「死」という寓意に対して、赤信号を見ています。
しかし、本編ではこの赤信号に二人で立ち向かうわけですね。はい。
故人に思いを偲ばせ
ちゃんと生きた君に、で、ちゃんと死んだ君に。「ありがとう」を今言うよ
「ありがとう」をありがとう。この歓びを。
故人に対して、悼むという気持ちと同時に
感謝の気持ちを。というのがこの曲の「歓喜のうた」である所以です。
沙耶の生きていた頃のシーンと宏の独白を交互に挟んでいます。
以上で編集後記終わり。
ちょっと不思議なMADになりました。次は何を作ろうかな。